【再出発 柏崎刈羽原発】(上)地域と共生 首都圏を支える
新潟県の泉田裕彦知事は22日、平成19年7月の新潟県中越沖地震で被災した東京電力柏崎刈羽原子力発電所のうち、7号機の営業運転への移行を了承した。国の最終検査を経て24日にも営業運転を再開する。すでに7号機は試運転を開始しているが、営業運転の再開で2年ぶりに夏場の首都圏向け電力の安定供給が確約される。温室効果ガスの削減が求められる中で、世界的に原発が果たす役割も重要性を増している。2年ぶりに再出発する柏崎刈羽原発の今後の課題などを検証する。
http://sankei.jp.msn.com/life/environment/090723/env0907230133000-n1.htm
そこに集まった関係者たちは、4日前の送電開始がトラブルで先送りされた事態を胸の中で思い出していた。
東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県柏崎市、刈羽村)7号機の中央制御室。5月19日午後7時前、高橋明男所長をはじめとする多くの社員、関係会社の責任者らの視線は7号機の出力メーターの表示に注がれていた。
「7号機、発電機並列操作を開始しまーす」
送電直前の操作を伝える場内放送とともに高まった緊張感は、発電機を首都圏への送電線につなぐ「500キロボルト発電機遮断器コード挿入しまーす」の掛け声でピークに達した。そして「挿入」「初負荷」の合図の後、送電量を示すメーターの表示が「0」からゆっくりと上がり始めると、見守っていた約100人の関係者から一斉に拍手がわき起こった。
記者団に「発電所本来の第一歩を踏み出すことができた」と話す高橋所長の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
平成19年7月16日午前10時13分。柏崎市などで震度6強を記録した新潟県中越沖地震は、柏崎刈羽原発に想定を超える揺れをもたらした。原子炉など原発本体への影響はなかったが、屋外の変圧器が黒い煙をあげて燃える様子が全国にテレビ中継され、原発の安全神話は大きく揺らいだ。7基すべての原発が停止に追い込まれた柏崎刈羽原発では試験稼働で送電を再開するまでの1年10カ月、原発の安全に対する信頼を少しずつ回復する地道な作業が続いた。
「地域の皆さまに大変ご心配をおかけしましたことを心よりおわび申し上げます」
今年3月8日に約4万部が新聞折り込みとして配布された柏崎、刈羽地域向けの月刊広報誌「ニュースアトム」臨時号には、高橋所長名で3日前に発生した火災への謝罪に加え、火災の原因と再発防止策が詳しく記されていた。
それまでニュースアトム臨時号は、地元イベントの開催を知らせる程度だったが、中越沖地震後は地震や復旧関連の話題が中心となり、地震後だけで発行回数は70回を超えた。それは「地域との共生」を重視する東電の姿勢の表れといえる。
東電では平成14年に発覚した原発トラブル隠しを受け、トラブルの公表も充実させている。「作業員が壁にぶつかってケガをした」といった小さな事故や復旧状況もホームページ上に細かく掲載し、その件数は中越沖地震関連だけですでに3700件にのぼる。震度4以上の地震の際には、地元FMラジオ局を通じて柏崎刈羽原発への影響なども知らせるようになった。
送電開始から1月半あまりたった今月8、9の両日、東電は柏崎市と刈羽村で武藤栄常務取締役ら7人による地域説明会を開催した。地震後、両市村で開いた地域説明会はそれぞれ8回にのぼる。東電側の「7号機に問題なし」との説明を問いただす質問はほとんどなく、地元も柏崎刈羽原発の本格的な運転の開始を受け入れているようにみえる。
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原発は地元自治体にとって一大産業だ。原発によってもたらされる国の交付金や税収は多額で、歳入に占める割合は刈羽村で50%程度、柏崎市でも10%以上だ。刈羽村の場合、約5000人の人口のうち発電所で働く人が8%を占め、多くの地元住民は多かれ少なかれ原発にかかわって生活している。
7号機の起動試験をめぐり、4月に行われた泉田裕彦新潟県知事と会田洋柏崎市長、品田宏夫刈羽村長による3者会談の席上、品田村長は「作業員7000人と関係者2000人は長く仕事がないため、士気の低下が懸念される。できるだけ速やかに運転再開することが大事だ」と述べ、会田市長とともに柏崎刈羽原発の早期再開を求めた。
今や原発と地元経済は、切っても切れない関係にあるといえる。「それだけに東電にはしっかりしてもらわないと困る」と地元関係者は口をそろえる。
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首都圏250万世帯の電力を担う柏崎刈羽原発。起動試験に入っている7号機が近く本格的な営業運転に入る見通しだ。温室効果ガスの削減が求められる中、原発が果たす役割も重要性を増している。中越沖地震から2年を経て再出発に向けて動き始めた柏崎刈羽原発の課題を検証する。
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